軍事力無くして真の外交は無い

この地上に人類が生まれ、部族或いは国家と言う集団を形成してからの人類の歴史は、強大な武力を持った部族或いは国家に拠る弱小部族や弱小国家侵略の歴史で、強大な武力を誇った白人が我々を含めた有色人種を侵略し、白人の主なる宗教キリスト教の布教に伴う他宗教排斥を目指す侵略が人類の歴史である。

黒船宰相ビスマルクの言葉に「愚か者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」と言うものが在るが「非武装中立」や「非核三原則」「憲法九条」を「三種の神器」の如く押し頂いて平和を唱える輩は、彼のビスマルクが言う処の「愚か者」以下の存在であろう。

軍事力の劣勢な国家が侵略され蹂躙される事は今日迄の歴史が語り尽くしており、経験については先の大東亜戦争敗戦で嫌と言う程に学習しても良い筈であるのにも関らず前述の様な「戯言」を実しやかに国民に吹聴する処は名実共に「大馬鹿野郎」或いは「愚の骨頂」その物を体現する存在で後世の為に標本として永久保存したい位である。

我国の近世に話を移してみると、幕末に太平の眠りから文明開化への覚醒へと導いたものは、たった四隻の蒸気船であり、幕末から明治の御世に変わる変革期に、我日本は立派に武力による威嚇を受け開国を余儀なくさせられた、しかし先人達の努力で軍備増強を図り日本の植民地化を防いだお陰で現在の日本が独立国として存在しているのでは無いか。

太平の日本に黒船を率いて恐喝しに来たペリー提督

太平の日本に黒船を率いて恐喝しに来たペリー提督

日本に艦隊を率いて来航したペリーに託された米国の真意は日米対等の外交樹立では無く、当時併合したハワイを中継基地として清朝支那へ進出を目論み、「日本を補給地とする為に日本に開国を迫り、応ぜぬ場合は武力を以って「江戸湾」を封鎖して品川を占領せよ」言う命令を受けていたものである。

ペリー提督の幕府への土産の中に二枚の白旗があり、これは「もし貴国が国法を建てに通商開国に応ぜぬ場合、我々は武力を以って江戸湾を封鎖し、品川を占領する。貴国も国法を建てに応戦するが良い、もし敵わぬと考えた時は国際法に従い、先に送った白旗を掲げ降伏せよ」と言い、明らかに武力制圧が目的での来航である。

このように「隙あらば植民地化」と言うのが彼らの真意であり、この事は当時日米間に締結された不平等条約の内容を見れば明らかであり、一日も早く対等な立場に持って行こうとする明治政府のたゆまぬ努力は富国強兵政策として具現化され国民皆兵の徴兵制度、欧米からの機材購入や機材開発による軍事力増強、鉄道国有化法により明治以後の日本が独立国として生き延び、四半世紀で欧米列強を凌ぐ海軍力を備えたものである。

この時代の大量輸送手段は鉄道しかありませんでした

この時代の大量輸送手段は鉄道しかありませんでした

鉄道国有化については、当時の大量輸送手段が鉄道に頼るしか無いと言う状況下で、鉄道の外国企業による経営を許す事は植民地化に繋がるとの判断と軍需品を輸送する為に統一規格の鉄道敷設を要求した軍部の意見から施行されたもので、事実当時の米国企業が徳川幕府の時代に受けた「鉄道敷設認可」を建てに明治政府に対して鉄道建設の許可を迫った事実もあり、当時全国に蒸気機関や電力を含め人力から馬車迄乱立していた私鉄を、国家予算で総て買い上げるべく鉄道国有化法を明治三十九年三月に施行し、全国の主要私鉄十七社を買い上げ、旧国鉄の前身となった。

明治初期に鉄道敷設許可を迫る米国の要求を毅然として撥ねつけた政府の胆力を今日の軟弱議員たちは見習うが良い。

日本が国際協力と称して、人員や機材を出さずに金銭のみを投げて国際社会の嘲笑を買った昔日の中東紛争の火種は、中東の小国クウェートがイラクに侵略された事に端を発しており、この原因も石油のお陰で世界トップレベルの国民所得を誇りながら実効的防衛手段を持たないが為に発生した紛争である。

明治期以降の我国を取り囲む状況や、軍縮会議、軍縮条約の何れを見ても、欧米列強が強大な軍事力を背景として自国の優位や主導権を保つべく、着々と軍備を整える我国の頭を押さえつけ不平等な条約締結を強要されてきたものである。

外交と軍事力は車の両輪を為すものであり、何れ一方が欠損しても成り立たず、「適正な判断を持つ政治」のコントロールが無くなった軍事力は暴走を始めた「暴力」であり、「軍事力の背景」を否定し若しくは持たない「政治」や「外交」は力の無い「政治」「外交」となり、簡単明瞭に表現すれば「犬の遠吠え」或いは「ごまめの歯軋り」と言い、何の役にも立たないものと為ってしまう。

「軍事力」と「外交」の両輪が相揃って、車は然るべき方向へと進む事ができ、何れか片方が欠損しては然るべき方向へと進むどころか転覆してしまい、これは「正義の無い力」「力の無い正義」と言う言葉に言い表せよう、現代の似非平和論者や左翼、反日主義者は「力の無い正義」を実しやかに吹聴しており、これが「国益を損なう」物意外の何物でも無い事実に気付かず、付和雷同の輩とも言うべき自称知識人や「うんこに集る蝿」如きメディアが相乗して大衆や世論を引きずっているものである。

軍事力を判りやすく説明するには、個人に対する犯罪から守るものは警察力で、国家に対する犯罪から守るものは軍事力で、国家に対する犯罪とは主権の蹂躙や侵略行為であり、これに対応し国家を守るべき警察力は軍事力であり、様式は変わっても現代迄の外交の歴史は強大な軍事力を背景とした「砲艦外交」で「砲艦」が「核ミサイル」代わり現在も続いている事からも判るように、巨大な軍事力の背景を用いての駈引きが外交であり、文字通り「軍事力無くして真の外交は無い」と言えるであろう。