教育現場の荒廃

組合と偏向教育に極めて熱心な教職員組合

組合と偏向教育に極めて熱心な教職員組合

現代の教育現場の荒廃を齎した物の一つに数えられるものは「教育基本法」であろう、何故ならば進駐軍の戦後政策の中で制定された同法は、戦前教育の両輪であった「道徳」と言うものを省いてしまった車輪の片方欠落した荷車のようなもので、明治天皇の私的な著作物である教育勅語を進駐軍の意向により教育の中から排斥してしまい、この事により道徳教育が御座なりとなって人づくりの教育を忘れて現代にいたったものである。

更なる罪悪は改正教育基本法により「ジェンダーフリー」等と言う事が堂々と罷り通ってしまっている事に拠り、女性の「妊娠」「出産」を嫌悪する風潮を煽り、女性本来の持つ「優しさ」や「母性」を否定するような教育が横行しているのでは無かろうか。

進駐軍の悪しき遺物の今ひとつは「労働組合」であり、これが「悪性の癌細胞」の如く教育現場は言うに及ばず日本国内総ての企業から官庁に迄その「毒牙」を及ぼしており、この「癌細胞」が左傾化反日思想と結託して企業の健全なる発展を阻害するばかりで無く官庁に在っては税金で賄われている「給与」を不当に搾取し、次世代を担う若者達を育てるべき教育現場に在っては左傾化偏向教育・反日教育を施しこの上ない毒性を容赦無く撒き散らしていると言っても過言では在るまい。

教育と言う言葉には「教」即ち学問を教えると言う意味の他に「教導」すると言う意味も在るのでは無かろうか、学問を教えるばかりでは無く、人として歩むべき道筋に導くと言う意味も在る筈で、「育」と言う文字は育むと言う意味の他に躾ると言う意味も含まれており、「躾」とは身を美しく即ち道徳心を持った人間として育てると言う意味であろうと考えるが、前述のような経緯や事情により現代の教育現場は「日教組」「全教」や千葉県に在っては「千高教祖」のような売国奴集団とも言うべき悪性ウイルスの専横に任せ「教育」の持つ意味等はとうの昔に何処かへ消えてしまい、日教組のスローガン「敢えて教育せず」が当り前になってしまっているのでは無いか。

今ひとつ荒廃の要因は前述と重なってしまうかもしれないが成績至上主義の結果、学校が「農協の選果機」のようになってしまって、受験対策の為の「学問を詰め込む機械」と化した学校から生産されるものは「落ちこぼれ」と言う言葉で一括りにされる子供達であり、この子供達を拾い上げて育てようとする教員は無きに等しく、彼ら組合構成員が血道を挙げて教えるのは労組直伝の反日思想だけである。

現在の学校教育の現場は、校長・教頭にその権限は無きに等しく教職員組合の為すがままの状態で、この傾向は特に関西方面で顕著に表れ、関東地区に於いても一部地域は組合が事務室として教室を不法占拠する等、組合が学校を振り回していると言っても過言では無いと言える。

昨今の入学式・卒業式に於いて壇上正面に国旗が掲げられていても、登壇して挨拶を述べる学校長や教頭の心在る人は国旗に一礼してから会場に一礼して挨拶に入るがこれ以外の来賓に登壇して国旗に一礼する事無く、実しやかな挨拶をする彼らはこの様な荒廃した教育現場から巣立った大人達の現実の姿であろう。