歪曲された歴史教育

教職員組合御指定や知識人と称する左傾化人種の推薦の歴史教科書にはやたらと「侵略戦争」とか「虐殺」「戦犯」と言う文言やタイトルが目に付くがこれ程に、自虐的な記述を記載した教科書で一体何を子供達に教え様と言うのか、次世代を担うべき若者達を祖国に誇りを持てない大人にしようとするものか。

そも歴史教育とは古の歴史を学ぶ事を通じて先人達の考え方や施策、伝統文化を学び取り自国及び周囲の伝統文化を理解すると言う事に意義があり、祖国に誇りを持つ国民では無く、自虐的思想を有する人民を創出する事では無いと考えるが、今日の歴史教科書の記述や教育方針は左傾化人種により後者の方向へと転がっている様にしか考えられない。

正論を書いた歴史教科書も教職員組合の圧力で不採用です

正論を書いた歴史教科書も教職員組合の圧力で不採用です

「侵略戦争」「南京虐殺」が世に広く謳われ始めたのは昭和五十五年頃からで、火種は戦前には「国策記事」専門で戦後は社名の通り朝日の如く赤く染まった「朝日新聞」が発信地である。

これに追従したのが日教組や同系労組に左傾化人種であり、「日教組」等は前述の「侵略戦争」「南京虐殺」は重点指導要目として傘下の構成員に通達し、現在中共に在る「南京虐殺記念館」は当時の社会党委員長が建設を提唱し、資金は旧社会党傘下の「総評」が組合構成員よりカスリ取った組合費より拠出して建設されたものである。

「南京虐殺」とは戦後の「極東軍事裁判」に於いて突然出てきたもので、虐殺されたと言う人間の数も中共は三十万人と言うし台湾は八万人と定説は無く、南京城内に三十万の人間が入ると言う事も物理的に考えて不可能で、現在唱えられている三十万人は中共のごり押しによる「政治的決着」の数字である。

総評の資金で建設された記念館

総評の資金で建設された記念館

この虐殺が唐突に出て来た背景には、勝者が敗者を裁くと言う制裁的意味合の強い裁判である事、米国の東にナチスドイツと言うユダヤ人五百万人と自国の障害者を劣等者として虐殺した犯罪国家があり、これに蹂躙されているヨーロッパの解放と言う大義名分で参戦し、「リメンバーパールハーバー」と「バターンデスマーチ」をスローガンに対日戦を遂行した手前、自国の西側にもナチスと同等の犯罪国家が必要であった為に創出された物で、三十万人でもナチには一桁足りない数字であるがこれを強引に推し進めたものであり、多少の殺戮がある事は否定しないが「戦争」と言う非日常に於いてこれを論う事には疑問を感じる。

「侵略」については日支事変や日韓併合を指して言いたいものであろうが、日韓併合については日韓併合無くして現在の文明国家韓国は在りえなかったと言うのが客観的見解で、朝鮮半島の人々の教育や文明開化に尽力した日本人達は学校の歴史教育から抹殺されてしまっているものが現状で、「支那」について述べるならば先ず「満洲」は日露戦争の権益で当時帝政ロシアが権益を持っていた南満洲鉄道の権益を譲渡されたものであり、これの警備に関東軍が進駐していただけの話である。

日支事変の発端は当時全世界の共産化を画策していたソ連の国際コミンテルンが次の足掛かりとして清朝崩壊後の支那を狙っており、蒋介石率いる「国民党」と毛沢東の共産軍が国共内戦の真っ最中で「無政府状態」であり、支那の共産化を目論むコミンテルンの挑発に載せられた日本が泥沼の戦争へと引きずり込まれたと言うのが日支事変の舞台裏である。

以上の理由から「国民党」「共産軍」「日本軍」と言う三つ巴の戦争に引きずり込まれてしまったが、前述したように「無政府状態」であり戦争終結の講和を結ぶべき政府が存在しないと言う事も泥沼化した一因であるが、これに拠り一番得をしたのが共産党である。

これを「侵略」と言うならば当時支那に租借地を持っていた米国、英国、フランス等の国々も侵略国と言わねば為るまい。

この様にして、中共や朝鮮の意向に沿って歪曲した歴史教科書の記述を使いこれ又、左傾化して中共の走狗のような輩が教壇に立ち、更に歪曲捏造した事柄を子供達に吹き込むのが正しい歴史教育と言えようか。

日支事変での日本軍の重慶爆撃について支那人共を原告として国家に対し賠償請求を起こした売国奴極左弁護士、一瀬敬一郎もこうした偏向教育の成果と言うべき「腐った卵」的な副産物であり、この様な輩が次々と輩出しては我国日本に未来は無いと大きな憂いを持つのは我々のみであろうか。